SSブログ

田舎者の限界 [日常]

地震以来、大きな余震で電車が止まったら・・・とか思うと心配で、
いろいろ諦めてしまっていた、平日都内への美術館巡り、
(ゆう君迎えに行けない!徒歩帰宅なんてちょっと無理!)
でも、そんなこと心配してたら、一生どこも行けないよなあ・・・と、
ちょっと今日は意を決してでかけてきました。
・・・
そんな日に限って、山手線だの京浜東北線だの千代田線だのが、
事故やら故障やらで遅れたり止まったり・・・ふヽ(´・`)ノ


ま、そんなことはどーでもいいんです、
なんと、帰りの地下鉄の駅に、
青木隆治がいたーwww

最近、ゆう君がとみに芸能人を見てみたい、と言っていて、
特にお笑い系大好きなので、これは写メかサインか、いっそ握手か!?
超ワクワク♪♪♪
・・・
駄菓子菓子!
そんな一昔前の田舎者みたいなことをする人は誰ひとりいないんですがΣ ('◇'ノ)ノ?!w

都会の人は、青木隆治ぐらいじゃ話にならないのか?w

神谷町(テレ東のある日比谷線の駅)のホームには結構な人がいたのに、
誰ひとりまったく何の反応もせず・・・
(何かの撮影中らしく、カメラクルーをたくさんつれていたので目だったのに)
さすがにそんな冷めた雰囲気の中、
写メを~とか言い出せるほどにはおばさん化してないというか、
そこが田舎者の限界というかw
ただ、ぼーっと見物して終わりました(^^;

うーん・・・考えてみたら都内で働いていた頃、
行きに地元の駅前でうっちゃんなんちゃんのロケにでくわし、
同じ日の昼には勤め先の駅でまたうっちゃんなんちゃんのロケって・・・
そんなこともありましたっけ(^^;
芸能人見かけるのもたいして珍しくなかったです、そういえばw


念のため、青木隆治、美空ひばりの歌の見事な物まねでブレイクした、
物まね芸人さんです。
歌手でもあるのかな?そのへんは知らないですが。
ツートン青木の息子さん。
本格歌の物まねたくさんしてますが、私は特に、
ラルクのはいど君や、尾崎豊、徳永英明のが好きw
友達にメールしたら、誰?それと言われたので(^^;
物まね番組見ない人は知らないかもと思って説明しときますw

鍋釜食器 [日常]

先月書いた、TOKYO-FMの番組による、東北被災地への、

マンガ支援プロジェクト

は、それを知ったとある漫画家さんのよびかけで、
かなりの数の漫画家さんたちから直筆サイン・イラスト入りで作品が届くなど、
素晴らしいことになった様です。
上記サイトに、そのいきさつと、届いたサイン・イラストの一部が載っています。

うちからも、10代・・・の母でよければ(>_<)と、50冊ほど送りました。
・・・返送されてきてはいないので、ちゃんと届いてる・・・といいなw
(※マンガ募集は先月末で終了しています)



で、今度は昨日の朝日新聞の紙面で見つけました、
鍋釜食器の支援。

築地で働く女性たちが立ち上げた、
チーム Tsukiji Women
という団体さんが、

「被災地の仮設住宅建設が進んでも、入居時には必要なものが沢山あります。
5月10日から6月末まで集めて、被災地で「生活雑貨・お好きにどうぞ市」を開きます」
(中央社協の「まちひとサイト」さんより転載)

という趣旨で、鍋釜食器その他を集めています。
興味のある方は、上記チーム Tsukiji Womenのブログか、

中央社協の「まちひとサイト」

でご確認下さい。
(中央社協さんのほうが見やすい気がします)


うちはもともとあった大量の(頂き物のw)食器は、
ネットオークションと学校のバザーでほとんどなくなってしまっているのですが、
そのぶん!
ちょっとイイヤツが残っているのでw
夕方ひっぱり出して結構でかい段ボールに1箱、詰め込みました。
明日、箱を開けないでも中身がだいたいわかる様それぞれに説明を書いて、
それから送ろうと思います。

あ・・・言うまでもないことですが、
あくまで私にとっての「ちょっとイイヤツ」ですw
普段使いにできない様な高級品など、そもそも我が家にあるわけがないw


他にも勿論いろいろ支援活動あると思うのですが、
とりあえず目についたもの、
そして、活動団体さんの母体がしっかりしていそうなところ、ということで、
参加してみたいと思います。
(ちなみに市の支援活動は、鹿児島に行っている間に終了してました;;・・・再開してるかは見てないけど(^^;)

光樹 [日常]

トマトです。
じゃーん。

110510kojyu01.jpg


って、普通ブログに何の変哲もないトマトの写真載せたら、
自分で作りましたーとか、田舎から送ってきましたーとか、
隣の畑からくすねて来・・・それはナイナイw

駄菓子菓子!
これは普通にお店で買ったトマトです。
大きさも、ごく普通。
朝起きて6時くらいに、そうだ~と思いついてケータイで撮ったので、
まだなんだか薄暗いですが、色も普通。


駄菓子菓子!その2!
毎年春のこの季節だけ、いつも利用してる八百屋さんに並ぶ、

佐賀の「光樹」

という品種のトマトなんです。

110510kojyu02.jpg


口に含むととろける様な柔らかい果肉と濃厚な甘みが広がって、
その甘みが、飲み込むとともに舌の上でサラリとほどける様に溶けて、
優しい余韻以外、くどさをまったく残さない潔さなのです。
絶品!


子供の頃、田舎で祖父が栽培したトマトは大好きでしたが、
当時街で買えるのはファーストというおしりのとんがった品種だけで、
本来美味しいのでしょうが、その頃は効率優先味は二の次三の次以下、
という時代だったため、味のしない、寂しいものしか手に入りませんでした。
(青いうちにもいでいたらしい)

そんな中、桃太郎トマトが発売されたのが、今確認したら、1985年。
やっと美味しいトマトが街でも普通に買える様になった~!と喜んだものです。
その後もフルーツトマトなどが流行りましたが、
ファースト一辺倒から桃太郎が出た時ほどの衝撃は、私にとってはありませんでした。

それが、何年前でしたか、いつもの八百屋さんに並んでいた「光樹」をふと買ってみたら、
桃太郎とは質の違うとろける甘さにびっくり。
トマト嫌いの人が特に嫌うあの青くささもないんです。
何もかけず、火も入れず、そのまま大事に食べたいと思う、
桃太郎以来の衝撃の出会いでした。


果肉が柔らかくて酸味もほとんどないので、
しっかりした実とほのかなすっぱさを好む方にはおすすめできませんが、
見かけたらぜひ、一度食べてみてください!
(まわし者ではないけれどw)

値段は普通のトマトより少し高めです(^^;
桃太郎が3個248円の時、光樹は298円で出ている感じ。
それでも、贈答品になるほどの高さではありません。

ちなみに、総ての野菜を食べないゆう君が、
光樹の果肉だけは大好きみたいで(種の部分は食べない(^^;)、

「光樹!光樹!」

と叫んで走り回ってたりします、これはびっくりですw



「光樹」のサイトさんは、こちら。
http://www.koujutomato.jp/
通販でも買えるんですね!店より高いけど。
「超特級の味わい」と書いてある「極光」ってどんなだろう・・・
た、食べてみたい・・・ものすごく食べてみたい!
けど、1万円って・・・買えなーーーい(^^;w
nice!(0)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

10代ではないのだけれど・・・っていうか10代の母なのだけれど!w [日常]

毎日読ませて頂いているブロガーさんのところで、
こんな企画の存在を知りました。

マンガ支援プロジェクト

TOKYO-FMの、SCHOOL OF LOCKという番組の企画です。
(TOKYO-FMサイトで確認済み、送付先郵便番号もTOKYO-FMのもの確認済み)

大震災被災地に、何かしたいけれど、普通の募金しかできなくて・・・
そんな自分にも、自分ならではの「できること」があるかもしれない!
膨大に買い込んで捨てられないマンガが、役に立つときがきた!!!


ちっぽけなブログなので、どなたの御目に触れるものかわかりませんが、
以前マンガのことをちょっと書いたときに、意外な反応をいただけたので!
書いておきますね^^









駄菓子菓子!
我が家の漫画は超古い作品が多いのダガ・・・
受け取っていただけるのだろうか一抹の不安(^^;www


nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:コミック

震災直後 [日常]

しばらくブログを書く元気もわきませんでした。
レスに書いたように、直後はパパの単身赴任地鹿児島に行っていました。
しばらくぶりで、その当時の様子を・・・。

震災当日(金曜深夜)、足を血豆にして帰宅したパパですが、
13日の日曜日には仕事があるからと、とっとと鹿児島へ飛んでしまいました。
いてくれるだけで安心だったパパがいなくなると、
俄然いろんな不安がもこもこもこ。


さて、私には早くに所帯をもった弟がひとりいます。
弟の家は、うちと実家の中間くらいで、チャリンコで10分かかりません。
この弟の息子が、2007年に11歳で不慮の事故死をしました。
このこと、書きたいと思いながら、どうしても、書けないままでいます。
この子のお姉ちゃんが、今年21になりました。
小さい頃、テレビに出たりしていて、かなりの美人に育っています^^
あーちゃん、と呼んでいますが、このあーちゃんが、
甲状腺の手術をして1週間後に、大震災が起きました。
手術の前後に自分でも調べたのでしょうね、
原発事故による放射性ヨウ素の汚染を非常に気にして、
精神的に不安定になりました。

それで、弟は、地震の直後から、家族を連れて信州の親戚の家に身を寄せることを考えました。
距離的にはうちと比べて充分離れているわけではないのですが、
万一の場合、首都圏脱出を経ずに直接遠距離に出られる、という心積もりだったようです。
弟夫婦とあーちゃん、高齢の嫁さんのお母さん、うちの実家の両親、
そして私とゆう君の8人、場合によっては近くに住んでいる従兄弟の子供たちも。
車は二台ありますが、飼い犬も連れて8人以上での移動は、
弟にもちょっと荷が重いので、私とゆう君には、できれば鹿児島に行ってほしい、
と言われました。

その時は、エーーーー?何非現実的なこと言ってんの!?と呆れたものですが、
最初の原子炉建屋の水素爆発を見て、あながち非現実でもないかも?と、
不安が頭をもたげました。


駄菓子菓子。
アナログ人間の私、鹿児島に行くと言っても、飛行機の手配はどこか旅行代理店に行って、
そこでお願いして何日も先の分をとってもらうしか方法を知りません。
うーん・・・メンドクセーwww
でも、とりあえず空席があるかどうかくらいなら、ネットで調べらるかな?と、
ANAのサイトを覗いてみたら、あら?あらあらあら?
空席チェック→速攻予約→座席指定まで、
ナニー?ネットで超簡単にデキチャッタヽ(´・`)ノwww
とりあえず予約したのが13日の深夜。
まあ、その晩安心して寝るための手段にして、翌朝キャンセルすればいいや、くらいのつもりでした。

が、14日早朝4時、起きてすぐ情報チェックしたら、原発の様子は悪化の一途。
おまけにM7級の余震の確率が1週間以内に80パーセントとな!
うーん・・・。
余震で羽田が使えなくなったりする前に、パパのところに行ったほうがいいかな?
それに14日から始まる計画停電とやらの影響も心配です。

とりあえず1週間か10日もすれば、
原発問題は急激に悪化か緩やかに収束かの判断はつくだろう、
計画停電も、日本人ですから、1週間もすれば整然と行われるようになるだろう、
とすれば、1週間くらい鹿児島に行ってるのも、あり?


そう思ったら一気に鹿児島行きに向けて、ガーーーーw
荷物を詰めて、ゆう君を叩き起こし、朝ごはんを食べさせて片付けて、
玄関を出たのは朝の5時半でした。

計画停電がうちのあたりは昼前からだったので、
始発に乗れば羽田までなんとか辿りつくだろうと目論み、タクシーを呼ぼうとしたら、
迎車は6時から、とな。
仕方なく始発のバスで駅まで行くと、車内で既に、計画停電のためJRは始発から全線運休、と放送が。
あちゃ。
駅についてタクシー乗り場に並ぶものの、タクシー1台もいないのに長蛇の列。
うーん・・・ふと思いついて携帯でサーチすると、羽田までのリムジンバスが@15分で出発です。
よし!と乗り場に走るとこちらも長蛇の列。
係の人が人数数えて、私たちの3組前で、ここまでしか乗れません、と言ってます!!!
タクシーの列に戻るか、子連れを盾に泣きついて乗せてもらうか悩みつつ並んでいると、
なんのことはない、普通に乗れました、ほっw

首都高大混雑するも、なんとか羽田に到着。
車酔いするゆう君、車内で気持ち悪いと言い出し、
離れた場所に座っていたので、補助席の年配の女性に席の交換をお願いしてゆう君の横をキープ、
励ましていたというのに、羽田に着いたとたんに「腹へったー」・・・オーイ(^^;w
大好きなお店でカレーを食べて、9時40分の飛行機に無事乗れました。
機内のニュースで2度めの建屋爆発を知り、胸がつぶれました。


そんな、超綱渡りの14日だったわけですが、
無事鹿児島に着いてからは・・・車がないとどうにも動けない場所なので、
終日テレビの報道を見て鬱々と過ごしていた、という感じです。
1週間で帰るつもりが、原発の様子がはっきりせず帰るに帰れず・・・
どうせ春休みには鹿児島に来る予定だったので、一旦帰ってまた来るのでは飛行機代もアワワなので、
もういっそ、そのままいるか!
・・・
そんなわけで気づけば20日も鹿児島にいました(^^;
パパは年度末で忙しく、帰宅は遅いし休出もしていたので、
本当に基本的にはただ、マンションにいただけですが、市内の博物館や水族館、
そして1日だけ、ゆう君の社会科見学のつもりで熊本まで行ってみました。


いろいろ怖くてすたこら鹿児島に逃れていたことが、
この先、笑い話になってくれればいいなと思います。
後々、あの時あのまま鹿児島にいればよかったのに、などと、
思うようなことには、ならないで欲しいと思います。



ちなみに、全国ニュースではまったく見かけなくなってしまいましたが、
霧島の新燃岳の噴火!
続いているんですよ(^^;
鹿児島に飛んだ前日の3/13と、こっちに帰ってくる4/3に大噴火w
鹿児島空港から霧島連山はとっても良く見えるのですが、
4/3など、本当に山の高さの5倍くらいの噴煙が高々と上がっていましたΣ ('◇'ノ)ノ

大震災2 [日常]

震災当日の昨日よりも、テレビで被災の様子を見ていた今日のほうが、
衝撃が積み重なる様に増します。
ゆらゆらと余震を感じるたびに、不安も累積していきます。
この日この時をもって安心です、とはならないのが、天災の苦しいところです。
何より被災した方々のことを思うと・・・心がちぎれそうです。
原発も激烈に心配です・・・。


さて、昨日の続きです。
ゆう君を迎えに行き、実家の両親、パパのお父さんと連絡を取って、
無事を確認、ほっとしましたが、最後に残る心配は、パパ!
なんと、こんな日に限って、単身赴任先から帰宅の途中だったのです。
羽田に到着して1時間くらい。
ケータイに電話はつながりませんでしたが、
届くことを祈って送ったメールが時間差はありましたが届いた様で、
しばらくしてから、荒川を渡って少ししたところで列車内に閉じ込められている、
と返事が来ました。
とりあえず無事なのはほっとしましたが、閉じ込めとは・・・。

その後も、届くのかわからないメールで連絡を取ろうとしましたが、
こちらの受信もかなり遅れている状態。
結局、夕方6時に、やっと電車から脱出して某駅でタクシー待ち、と、
公衆電話から家電に連絡が入りました。
そこからなら、乗ってしまえば3,40分でしょうか。
道が混雑していても、2,3時間かなと見当をつけて待っていると、
夜の9時に、今○○駅あたり、結局歩いているよと、公衆電話から・・・。
えーーーー、地図で直線距離を確認したら最初の某駅からうちまで20キロくらいあります。
おまけに、途中でこっちの事務所に寄って職員の安否確認すると言ってます!
職業人として立派なのでしょうけれど、待つ身には実に辛い;;

結局、深夜1時すぎに、荷物を抱えて、革靴だったため足の裏に血豆を作り、
腰を痛めてヨロヨロになって帰宅しました;;
お疲れさま、パパ;;

あとで情報を見ると、この帰宅難民の徒歩行軍のために自転車と運動靴が飛ぶように売れたとか。
パパの(こっちの)職場にも、自転車を買って3時間こいで帰宅した人がいたそうです。
自転車を買うなど思いつかなかったのは、
学生時代終電を乗り越してこの倍くらいの距離を歩いて帰ることがままあったため、
全然平気だと思ったそうです・・・何十年前だと思っているのだ(^^;


こうして、とにもかくにも我が家は全員無事。
今日はパパのお父さんの家に様子伺いに行きました。
棚からものが落下するなどありましたが、外出中だったこともありケガもなく、
食器などの割れることもなかったので、一安心でした。


けれど、テレビの映像や情報は、時を追って悲惨さを増していきますよね;;
ネット上の流言蜚語も、こうなると聞き流すには覚悟のいるものになってきます。
もしかしてそうかも・・・それが誤った混乱の元であるのは充分承知していても、
否定する根拠も持たないので、ひょっとしたら・・・の罠にはまっていきます。
当事者になると、知ったかぶって否定して身を危険にさらす様なことはできなくなるものです。
特に家族、子供を守る身であれば。
辛いところです・・・。


とにかく、これ以上の地震も津波もいりません。
被災の皆様にはすみやかな救助と安全の確保を;;
どうかどうか、それだけを祈ります。

大地震 [日常]

地震、大丈夫でしたか?;;
どうか大丈夫であってください(>_<)

最初ゆらゆらと横揺れが来たときは、
最近多い、どこか遠くの地震の余波だと思ったのですが(結果として当たってはいました)、
少し大きかったのでNHKをつけました。
体感30秒ほどで経験したことのない大揺れ。
しかもいつ止むとも知れない長い大揺れです。
なのにテレビでは、東北で地震、としか表示されていなくて、
関東の情報がまるで出ないので、どうしたことかと思っていました。

そうこうするうちに、二階からはガチャガチャと破壊音。
これはマズいと、ガスを確認した後、倒れたら悲惨な花瓶類を台所のシンクに避難。
食器棚をおさえてみたものの、そんなことしてる場合じゃないと悟り、
脱出用にコートを着て、避難用具をひっぱり出して玄関ドアを開けて待機。

第一波はこんな感じだったでしょうか、ゆれがおさまった後、
あらためて食料やティッシュなどをカバンに詰めていると、
繰り返す大きめの揺れ。
学校にいるゆう君を心配していると、開けっぱなしの玄関から声が。
「すみませーん、すみませーん」
あら?と思って顔を出すと、なんと、いつも遊びに来る中学生の男の子が、
「大丈夫でしたか?」
と、自転車で様子を伺いに来てくれたのでした。
これは本当に、かなり混乱狼狽していた私にとって、
冷静になれるありがたい訪問でした。

ひとしきり大揺れの恐怖を話し合った後、
おさまっているとはいえ自転車の移動は気をつけなさいよ、などと、
余裕があるかのような言葉で見送った後、家に入れば、
ゆらゆらと気持ちの悪い余震。
これはやっぱり・・・学校まで行くことに。
防災訓練で引き取りに行く練習は毎年していますが、
実際、どの程度の地震で引き取りに行くものか、明確にはされていません。
今回も未経験の揺れではありましたが、街が倒壊するほどではありません。
悩んでいたのですが、徒歩5分、行き違う余地もない場所なので、行ってみることに。

学校につくと、子供たちは校庭に、通学班ごとに座っていました。
ゆう君は後ろを向いていたので、こちらに気づいたお友達に手を振って、
来ていることをアピール。
ところが!
その、いつも遊びに行き来している、ゆう君の一番よく遊んでいる同じ5年生の子が、
手を振った私に怪訝な顔を・・・明らかに「あんた誰?」という感じ。
・・・
!!!
またやっちまった、あまりに慌てたので、ほぼノーメーク・・・
ゆう君のママだって、気づいてもらえなかったのねっ!!!
・・・って、こんなところで笑い話披露してる場合じゃないんですが(^^;

そうこうするうちにも、校庭に立っていてすら、ゆらゆらゆらと、
不気味な余震が続きます。
学校も、なかなか子供たちを帰しません。
何か、市などからの指示を待っていたのでしょうかね。
3時40分近くなって、ようやく帰宅となりました。
帰路、お隣のママさんと話したら、なんと西宮で阪神大震災を体験していたそうで、
その時の揺れと変わらなかったのだそうです。
聞くところではブラウン管テレビが飛んだ、とかいう阪神の揺れとは、
さすがに違うのでは?と思ったのですが、体験した方が話すことなので、
もしかしたら近いものだったのかもしれません。

眠れないので、ちょっと書いてみました。
続きは後日。

トーハク [日常]

今年は暦の関係で小学校の開始がとっても遅く、
ゆう君も11日がようやく始業式でした。
で、翌12日には早々と給食開始で6時間授業。
私が子供の頃、長期の休みの前後は、慣らすかのように午前授業が数日続いたものですがねえ。

それはともかく、早速でかけてきました、トーハク。
・・・
東博がリニューアルして、トーハクと銘うって宣伝しているので・・・。
なんでも、平常展の呼称を総合文化展と変えて、新規お客さんを呼び込もう、
ということらしいです。

行くと本館前の戸外に大きな生け花。

110112tohaku01.jpg


館内も、ちょっとわかりにくいですが、正面の階段両脇と、
正面踊り場に、生け花。

110112tohaku04.jpg


「総合文化」ですから、これは素敵な試みといえますね。
後日たまゆら記に詳細書く予定ですが、展示室にも変更があり、
全体的にたしかに、おしゃれな雰囲気になっていました。
人も結構多かったです、いつも平常展は閑散としているものが、
開始早々のあまり話題になっていない特別展、くらいの人出はありました。
(どんなだか意味不明ですねwww)



さて、帰り道、大いに衝撃をうけたのは・・・これ。

110112tohaku09.jpg

なんとあの、東博正門出てから上野駅へ向かう中央広場の、大きな噴水が、
ものすごい勢いで破壊され、工事中に・・・・
えーーーー!?
こ、これはいくら何でも、点検とか補修のレベルではないぞ!?と看板を見ると、
この上野公園内、全面的に大改修に入ったそうで、
噴水については、50年以上たって老朽化が激しいので新しくします、と、
たったそれだけ・・・。

ここの噴水は、私が子供の頃上野動物園に連れていってもらったり、
父に連れられてはじめて東博を訪ねた頃から、ずっとかわらぬ佇まいだったものです。
四角い単純な形ながら、吹き上がる水の勢いよさは、
そのまま日本文化の潔さを暗示するようで、正当、という言葉の良く似合うものでした。
古くなったのでとりかえちゃいます、などという、簡単な処置にこれほど似合わないものはないと、
そう悔しく思いました。

何より、博物館が「トーハク」と自称し、館内が多少おしゃれになっても、
上野そのものの風景は変わらないと信じて疑わずにいた自分の愚かさに腹がたちます。
ここも変わってしまうのだと・・・自覚していれば、もう一度見に来たものを。
あの四角い不器用な噴水を、最後に見たのはいつだったのでしょうか・・・。

公園内は大きな樹木で鬱蒼としていたりもしましたが、
どうやらこれも、何本も切り倒して見通しをよくし、
噴水を小規模にして文化広場を作り、レストランなども新設されるそうです。
たしかに、上野は池之端に下りなければ洒落た食事処も少なくて難儀していましたから、
整備されれば便利になり、私は喜ぶのかもしれません。
けれど、近年上野の駅そのものが整備され、公園下の雑多な商業施設も撤去され、
今またシンボルでもあった噴水が古いからと破壊されたのを見ると・・・
戦後の雰囲気を残した昭和、というものが、消滅する寂寥感でいっぱいになります。


最後に、四角い噴水のなきがらを。

110112tohaku08.jpg

実家巡りその2 [日常]

今日は私の実家へ。
・・・
実家に行くと3分もたず母と喧嘩になるのでヽ(´・`)ノwww
実はパパの実家よりも自分の実家のほうが居場所がなくて辛www
(住んだことのない家だということもあり、自転車で10分の距離ですがお正月しか行かないw)
とりあえず箱根駅伝を見ながらお昼をご馳走になって、帰宅。
ふー。

そしてもう、パパ帰薩の日。
駅まで送って、ゆう君はお年玉で早速新しいソフトを購入して帰宅。
鹿児島は夜、雨から雪の予報なので、
空港からの車が心配です。


そんな感じで、三が日も終り。
学校が始まるまで、今年は長くてあと一週間もあります。
また毎日子供たちが来るんだろうなあ・・・とほほ。
(31日も1日も勿論来てました、ハハハ)


写真はお正月のお花。
いつもの宅配のお花屋さんは12月は1回だけだったので、
暮れに以前よく使っていた駅のお花屋さんで久しぶりに買ってきました^^

110103hana.jpg


ラッピングの紙は本当はとるものですが、
表がつや消しの金、裏がおさえた紫で綺麗なので、
そのまま使ってみました^^


実家巡りその1 [日常]

お正月恒例の実家巡り。
今日はパパの実家へ。
従妹のるなちゃん(小4)、従弟のたけるくん(小1)と、
最初は無言でそれぞれゲーム。

110102runa01.jpg


そのうちおじいちゃんと、パパのお姉さんも一緒に、ぼうずめくり。

110102runa02.jpg


そま間、パパは隣の和室でぐーすか、
パパのお姉さんの旦那さんもこんなことに・・・

110102runa03.jpg

男どもは本っ当に何もしませんw


そして今年ははじめて、百人一首にも挑戦!
読み手はお義姉さん。

110102runa04.jpg


ゆう君やるなちゃんはともかく、小1のたける君にはどうか?と思ったものの、
三人とも結構ちゃんと、そして楽しそうに札を取り合っていました。
気づけばおじいちゃんがビリでしたwww



さて、今年のおせち料理事情。
唐揚げやハンバーグ、煮豚など、子供も食べられるものにし、
煮物や酢の物などパパも食べない正月料理はやめておいた、とはいえ、
やはり三段お重を埋めるのはめんどくs・・・ごほん。
例年通り、おじいちゃんの買い込んだ三段重箱と、
お義姉さんの持参したお重、それにお刺身などたくさん並び、
食べ切れないことは言うまでもない状態。
そこで教訓!
もう来年からは三段お重にはしない!
単品で持参しよう(>_<)www

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。